今日は、お忙しいところありがとうございます。まずは鈴木さんに今回の新作を生み出すことになったキッカケからおうかがいしたいです。
今回取り上げる腕時計は、TiCTACのオリジナルブランドMovement in Motionの新作「IZIL ソーラークロノグラフ」。実はこのモデルには元ネタがありまして、その発売は2005年のこと。 15年の時を経て、どうしてリブートすることになったのか? 新作でのこだわりポイントと、旧作から受け継いだコンセプトとは? 型番のIZILの元になったイジル感って何なのか? 新作のプロデュースを手掛けた鈴木康友さんに加え、特別ゲストとして2005モデルでマーチャンダイザーを務めたM氏にもご登場いただき、いろいろ掘り下げていきたいと思います。
セレクトショップ勤務の後、2007年ヌーヴ・エイ入社。TiCTAC首都圏店舗スタッフ、なんばパークス店店長、グランフロント店店長を経て、2016年よりオリジナル商品開発を担当。2021年3月より池袋パルコ店店長に就任。趣味はスケートボード、キャンプ、食べ歩き。好きなものはドーナツ。
2005年当時、Movement in Motion のマーチャンダイザーを務めた重要人物。自他共に認めるモノ好きでデスク周りも自宅も街で見つけたモノで溢れかえっている。ガラクタやデザインに造詣が深く誰も知らないような雑学の宝庫。熱血ドラマーとしてバンド活動中。ペルー発祥の打楽器カホンも嗜む。好きな色はオレンジと黄緑。
今日は、お忙しいところありがとうございます。まずは鈴木さんに今回の新作を生み出すことになったキッカケからおうかがいしたいです。
最初の動機としては、今まで出してきた腕時計のアーカイブをやりたかったんです。Movement in Motionのシリーズには、過去の企画として“カタマリ”とか“ヒューマンアクション”など、かなりこだわりの強い魅力的なモデルが数多くありました。
2006年発売 “カタマリ”
その中でも“イジル”が一番気になっていて。
それで、こいつを復刻してみようと。
そうなんです。
旧モデル2005年版のカタログ
ちなみに2005年当時、この時計を知っていたんですか?
オリジナルは、お店で何となく見たかな。という感じでした。それから15年近く経って、倉庫に保管してあるサンプルの中から現物を探して手にしてみて改めていいなぁ。と思ったんです。
何だか、DJが昔のレコードを自分の感性で発掘して、現代の基準で再評価してフロアを再び盛り上げる的なドラマを感じますね(笑)。
それで、Mさんから当時の資料をもらってみたら、ワンデザインでムーブメント違いの4種類を出していたりして驚きました。
2005年版は4種類のムーブメントで展開していた
中身の機械は異なるのに、4種類すべて同じ価格という、かなりぶっ飛んだ戦略で挑んでいたんですよ。
しかも、本当にコンセプトがしっかりしているじゃないですか。この商品企画にガンダーラさんも関わっていたと知って、今日はとても楽しみにしてきたんですよ。
ちなみにMovement in Motionの表記を文字盤から裏蓋に移動して、丸Mと呼ばれるマークにしようと強く提案したのは私です。昔話になりますけど、何か気になることがあったら逆取材してください(笑)。
2005年版のカタログの表紙
それでは、遠慮なく(笑)。当時のカタログの表紙に写っている、これは何ですか?
雲台(うんだい)です。漢字で書くと雲呑(ワンタン)の親戚みたいだけど、三脚のてっぺんにつけてカメラのアングルを決めるための道具なんですよ。
???
雲台を三脚に取り付けるとこんな感じ
これは、リンホフというドイツのメーカーのビンテージ雲台。で、何でこんなモノがキービジュアルなのかといえば、Mさんのリクエストだったんです。
打ち合わせで、この時計ってイジル感がすごいよねって僕が口走っちゃったの。シズル感じゃなくイジル感。それって要は触りたくなるってことだから、井上さんに何か触りたくなるものありませんかって頼んで持ってきてもらったんだよね。
Mさんの“イジル感”発言がインパクト強すぎで、そのままカタログのキャッチコピーにしましょうという流れでしたよね。それで、イジル感のシンボルとして僕の雲台コレクションから、いちばん使い倒されていて手ズレのあるのを選びました。
何だかよくわからないけれど、これが置いてあったら絶対触りたくなるじゃん。みたいな(笑)。
まぁ、それは成果物を統合するイメージとしての雲台なのですが、そこに至るまで随分とディスカッションを重ねましたよね。
2005年版のコンセプトシート
そうそう。もうほとんど研究室!(笑)。単にマーケティングに走るのではなく、世の中の動きや空気感に影響されながらも新しい定番を作ろうとして。定番イコールとにかく飽きが来なくて、腕に着けてるとついつい触りたくなっちゃう、そんな腕時計を作りたかったんですよね。そこで僕が提示したキーワードは『愛着』で、そこにつながる考え方やデザインの要素をいろいろと話し合いました。井上さんのコンセプトシートも面白かった。だから、それをそのままカタログにもしたんですよ。
今回のターゲット層は、この時計を初めて見る20代から当時を知っている50代まで幅広く設定しています。今の若い人が見ても新しいデザインに見えるようにしたいという思いもありつつ、やはりベゼルは絶対に譲れない部分として忠実に復刻しました。
イジル感みなぎるベゼルを忠実に再現
さすがに図面とか残ってなさそうですよね。リバースエンジニアリングで苦労された部分もあったと思います。
当時の感じに近づけるのに、試作を何度も繰り返しました。あと、ベゼルを回すときの逆回転防止ラチェットの感触がサンプルではバラバラでしたが、回したくなる適度な軽さとかカリカリ音を製品版ではしっかり合わせてあります。これは普通の腕時計にない特徴ですから。
おお、確かにカメラのシャッターダイヤルのような数字の配置も操作感覚もオリジナルに忠実ですねぇ。隠れキャラとしてカメラのアクセサリーシューをデザインモチーフにした独特なラグの形状もバッチリです!
見事に復刻しているけれどサイズは変わったの?
近年のトレンドに合わせてケース径を42ミリにサイズアップさせています。
左が元ネタ、右がリブートした新作
僕の私物の2005年モデルと並べてみても、本当に微妙なサイズ調整ですね。だいたい時計にしてもクルマにしても、復刻版ってサイズが膨張しまくるのが世の常なのにエライと思います。これはソーラー搭載だから大きくなったとか?
ではないですね。全体のバランスとサイズのトレンドからこの大きさの設定になっています。
側面から。左が元ネタ、右がリブートした新作
よく観察すると、2005年モデルの方がコロコロしている感じなのに対し、リブートした新作はフォルムが洗練されているのが分かりますね。あと、インデックスバーに銀色のフチくくりがされているのも、アップデート感あります。何だか新旧ロレックスの違いみたい(笑)。
インデックスも意匠改良でアップデート
今回のラインナップは、この復刻モデルに加えて新解釈デザインのバージョンもあるんですよね。この方法論、何やらセイコーさんっぽいですね(笑)。
オリジナルに忠実なものに加え、当時のデザインの優れた部分は継承しつつ、それを正統進化させたモデルを用意しています。実はこの時計はセイコーさんと製作しています。新解釈デザインのバージョンには、それを暗示させる要素が入れてあります。
新解釈デザインのソーラーパネル
復刻モデルのソーラー文字盤は全体が同じトーンだけれど、新解釈デザインの3機種はソーラークロノグラフの表記に沿って、透け感のある微妙な切り返しが9時から3時方向にあるんですね。これはもしかして‥。
すこし透けさせてソーラー感を醸し出すのと同時に、セイコーのタイムソナーのデザインをちょっとオマージュしているんです。このデザイン要素は、こちらからリクエストしたものです。
タイムソナーって、セイコーのカルト的人気を誇る1970年代の機械式クロノグラフで文字盤がスモーク仕上げの樹脂製になっていてカレンダーの数字とかが微妙に透けて見えるやつですよね! あの透け感をソーラーパネルでオマージュするとはマニアックですねぇ。では新解釈デザイン3種のディテールを見ていきましょう。
ナイロンベルトのモデル
これは、いわゆるNATOベルトを標準装備にしたモデルですね。2005年のオリジナルではブラックIP加工のメタルベルトがデフォルトでしたが、発売当時に僕は本物のNATO軍用ストラップに換装していたので我が意を得たり!という感じです。
私も個人的にナイロンベルトが好きなんですよ。ここのデザインをNATOにしたらすごく格好いいと思って。それにしても本物のNATO軍用って、かなり本格的ですね。
いや、あの形式のストラップって2005年の時点ではリアルな軍事物資の放出品しか出回っていなかったんです。
Movement in Motion のマークは、復刻モデルと同様にグリーンにしています。それと、12時位置の差し色もグリーンです。
ワンポイントにグリーンを入れる
グリーンが入ると、ベルトの色と響きあって効果抜群ですね。しかも文字盤の外周が、よく見るとオリーブグリーンじゃないですか! ミリタリーテイストの凝った色面構成ですねぇ。
ここをオリーブグリーンにすることで、横のラインも活きてくると思います。最初はグリーン系ではなくグレーっぽい感じのレンダリングが上がってきたのですが、ぼやっとしてあんまり格好良くなかったんですよ。それでやり直しました。
レザーベルトのモデル
こちらはハーフマット仕上げのオールブラックですね。
重量感のあるシボのレザーベルトを合わせています。もう少しスムースなテクスチャーにしないと厳しいのではないかと社内で意見が割れたのですが、あえてチャレンジしています。
ブラック加工の渋い光沢が持ち味
この表面の雰囲気は、金属製カメラのブラッククローム仕上げの質感を連想させますね。2005年の時点では、こんなに深い黒を出すのが難しかったので技術の進歩を感じます。シボのしっかりしたレザーベルトとも相性がいいと思います。
SSベルトのモデル
オールシルバーは、スタイリングとしてはスーツでも着けられるようなイメージですね。今回のリブートしたモデルに関しては、オリジナルと同様に長く愛着を持って使えるデザインであることは大前提です。それを使ってくれる人のスタイルはカジュアルがいいと思う方もいれば、スーツに合わせたいと思う方もいるはずですよね。そのバリエーションを展開しているのが現代風だと思っています。
2005年版ではワンデザインでムーブメントが4種類ありました。すなわち機能を分解して選択肢を提示していたけれど、2021年リブート版ではムーブメントを2つ目クロノに絞り込み、使う人のスタイルに応じたデザインバリエーションの提案がなされているということですね。
ステンレス無垢の素材感が半端ない
その結果として、それぞれのモデルの個性がはっきりと見えてきて、オールシルバーはすごくソリッド感が出ました。
ところで、鈴木さんが今回出したコンセプトシートには、どんなビジュアルが入っていたの?
ライカです。僕はそれほどカメラに詳しくないのですが、ライカって置いてあると思わず触ってみたくなるデザインですよね。それでカラーリングとかベルトのテクスチャーに反映させているんです。
随所にライカ的なデザインエレメントを採用
ああ! だからライカが大好物の僕に刺さっていたのですね。このNATOベルトはもしかして。
カメラのストラップと、スペシャルモデルのライカのカラーリングをモチーフにしています。
そうすると、黒いレザーベルトはクラシカルなカメラに貼ってある革シボのパターンを踏襲してるってこと? これは欲しくなるワケです。
だからスムースレザーにせず、あえてリアルなカメラっぽい方向に振り切っています。
2005年モデルもデザインエレメントとしてカメラ的な要素を練り込んでいたので、その意味でも正当な継承者ですね。ちなみに旧モデルの発売後、中野にあるマニアックなカメラ屋の店員さんが身につけているのを目にして、思わず声をかけてしまった記憶があります。
そうなんだ! その話は聞いてなかったけど面白いね。
あと、渋谷東急ハンズで精密ヤスリを探していたとき、そのフロアの店員さんがしていたのは嬉しかったですねぇ。イジル感だけじゃなく、ケズル感もあったんだと(笑)。
マジですか! そもそもヤスリ売り場に行ってるガンダーラさんが面白いです。
それと2008年公開の映画『ジャージの二人』で、鮎川誠さんが劇中で使っているのを発見した時はシビレましたよ。なんと鮎川さんはカメラマン役で出演されております。鈴木さんの温故知新の取り組みから生まれた今回のリブートモデルも、感度の高い人のハートに刺さってくれると思います。どんな人が使ってくれるか想像するだけでも楽しみですね。今日は、興味深いお話を聞かせていただきありがとうございました。
ライター。1964年 東京・日本橋生まれ。早稲田大学社会科学部卒。松下電器(現パナソニック)宣伝事業部に13年間務める。在職中から腕時計の蒐集に血道をあげ、「monoマガジン」で世界のどこかの時計店で腕時計を買い求める連載を100回続ける。2002年に独立し「Pen」「日本カメラ」「ENGINE」などの雑誌や、ウェブの世界を泳ぎ回る。著作「人生に必要な30の腕時計」(岩波書店)「ツァイス&フォクトレンダーの作り方」「Leica M10 BOOK」(玄光社)など。
TiCTACオリジナルウオッチを初め、定番モデルから個性派デザイン、ヴィンテージウォッチまでこだわりのセレクト。お客様一人一人のベストウオッチを提案します。
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